ALPINAの歴史
 
1961年。
ブフカルト・ホーフェンジーペンは、愛車BMW1500でレース活躍をする中、更に早い車にしようと、ウェーバーツインキャブのチューニングを始める。
そもそも“ブフカルト・ホフェンジーペン”とは、大手事務機メーカー社長の御曹司。
お金持ちのお坊ちゃまが、道楽で始めたレース活動で、才能が発揮されたと言うところでしょうか。
チューニングは、父親の経営するタイプライター工場の中で、車好きの職人達と始めています。



ところが、そのチューニング能力は大変優れるものであり、彼の手掛けた車は、レースで次々と優勝。
その後、ヨーロッパの主要レースを制したことで、その名を世界中に知らしめることとなりました。
メーカーであるBMWは、このレースでの彼の活躍を放っておくはずもなく、すぐに提携を結びました。
その後、ホワイトボディーから開発の手助けをし、関係を深めていくことになります。
そして1983年。ドイツの自動車製造メーカーとして、許認可が下りることになりました。
アルピナを、チューニングメーカーや改造車と思っている方も多いようですが、正式な自動車メーカーなのです。



さて。彼がなぜ“アルピナ”という名を付けたのか。
実は、彼の父親が経営するタイプライター工場が、アルピナ社。
ヨーロッパ最高峰のアルプス山脈にちなみ、ヨーロッパの最高峰を目指すという意味で名づけられたそうです。
父親の意志を継ぐべく、この業界でも最高峰を目指したいとの想いから、アルピナ社と名づけられたと言われています。





更に詳しく知りたい方は、ニコルオートモービルズのアルピナヒストリーをご覧ください。

http://www.alpina.co.jp/alpina/alpina-history

2010.9

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